東京地方裁判所 昭和56年(ワ)400号 判決 1985年7月15日
原告 東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役 石川實
右訴訟代理人弁護士 忽那隆治
同 坂本紀子
被告 ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ
右代表者 日本における代表者 ジェイ・クランス・ル・ロワ
右訴訟代理人弁護士 林田耕臣
同 柏木俊彦
同 原秋彦
右訴訟復代理人弁護士 林田謙一郎
被告 シェンカー・イタリアナ・エス・ピー・エー (Schenker Italiana S. P. A)
右代表者 マウリチオ・スカランチノ (Maurizio Scarantino)
右訴訟代理人弁護士 牧野良三
右訴訟復代理人弁護士 加藤義明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、各自、原告に対し、一九四六万九八六〇円およびこれに対する昭和五四年二月二七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告ケイ・エル・エム・ローヤルダッチエアーラインズ(以下「被告ケイ・エル・エム」という。)
主文同旨
三 被告シェンカー・イタリアナ・エス・ピー・エー(以下「被告シェンカー」という。)
(本案前の申立て)
1 原告の被告シェンカーに対する訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案に対する答弁)
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 垣内商事株式会社(以下「垣内商事」という。)は、輸出入貿易を営む会社であって、昭和五四年一月、ウォーカー・アンド・シャホン・エス・エー(以下「ウォーカー」という。)から、その所有するイタリア製高級婦人用ハンドバック一一〇一個(以下「本件物品」という。)を、米貨八万四八一〇ドルで買い受けた。
2 同月、ウォーカーは、イタリア共和国ミラノ市において、被告シェンカーとの間で、次のような運送契約を締結した。
(一) 被告シェンカーは、本件物品を、イタリアのミラノ空港から新東京国際空港まで航空運送する。
(二) 荷受人は垣内商事とする。
3 同月、被告シェンカーは、ミラノ市において、被告ケイ・エル・エムとの間で、前項の運送契約に基づき、次のような運送契約を締結した。
(一) 被告ケイ・エル・エムは、本件物品を、イタリアのミラノ空港から、オランダのアムステルダム経由で新東京国際空港まで航空運送する。
(二) 荷受人は日本通運株式会社(以下「日本通運」という。)とする。
4 いずれも同月、被告シェンカーは、第2項の運送契約に基づいてウォーカーから、被告ケイ・エル・エムは、前項の運送契約に基づいて被告シェンカーから、それぞれ本件物品を受け取った。
5 被告ケイ・エル・エムは、第3項の運送契約に基づく運送のうち、ミラノ・アムステルダム間を、航空運送に代えて、オランダの運送会社から傭ったトラックにより陸上運送することとし、右トラックは、本件物品を積んで、同月一九日午後六時四五分ごろ、ミラノ空港を出発したが、同日午後七時から七時五分にかけて、ミラノ市内において、右トラックの運転手が電話をかけるために下車してトラックを路上に放置した過失により、その間に、本件物品は、トラックごと窃取され、行方不明となった(以下、この事故を「本件盗難事故」という。)。
6 本件盗難事故により、垣内商事は、一九四六万九八六〇円の損害を被った。
7 垣内商事は、本件物品の運送に先だって、原告との間で、本件物品を目的として、保険金額一九九九万四〇〇〇円の損害保険契約を締結していたので、原告は、昭和五四年二月二六日、右契約に基づいて、垣内商事に対し、保険金一九四六万九八六〇円を支払った。
よって、原告は、垣内商事から代位取得した、被告ケイ・エル・エムに対しては債務不履行または不法行為による、被告シェンカーに対しては債務不履行による、各損害賠償請求権に基づいて、被告ら各自に対し、一九四六万九八六〇円およびこれに対する原告が右請求権を代位取得した日の翌日である昭和五四年二月二七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告シェンカーの本案前の主張
1 被告シェンカーがウォーカーとの間で締結した契約は、請求原因2のような運送契約ではなく、これによって、被告シェンカーか、ウォーカーのための隠れたる代理人として、自己の名において運送人との間で本件物品の航空運送契約を締結する権限を与えられ、かつ義務を負担することを内容とする委任契約であるから、一九五五年にヘーグで改正されたワルソー条約(以下「改正ワルソー条約」という。)第一条一項にいう「運送」に該当せず、したがって、被告シェンカーは、同条約にいう「運送人」にも該当しない。
よって、被告シェンカーとウォーカーとの契約に基づく被告シェンカーの責任に関する訴えについては、同条約二八条の適用はない。
2 仮に、被告シェンカーとウォーカーとの間の契約が、改正ワルソー条約の適用を受ける国際航空運送契約であったとしても、同条約にいう「運送人」とは、同条約の適用を受ける運送契約に基づいて実際に運送を行う者(以下「実行運送人」という。)のみを指すのであって、被告シェンカーのように、運送契約を締結しただけで実際の運送を行わない者(以下「運送を実行しない契約運送人」という。)を含まないから、被告シェンカーの責任に関する訴えについて、同条約二八条の適用はない。
3 被告シェンカーの営業所は、イタリアにあり、被告シェンカーとウォーカーとの契約の義務履行地もイタリアであり、しかも、本件物品は、イタリア国内で盗難にあったのであるから、一般国際民事訴訟法上も、原告の被告シェンカーに対する本件訴えについて、日本国の裁判所は、管轄権を有しない。
4 以上のとおり、原告の被告シェンカーに対する訴えについて、日本国の裁判所は、改正ワルソー条約二八条によっても、一般国際民事訴訟法によっても、管轄権を有しないから、原告の被告シェンカーに対する本件訴えは、不適法であり、却下されるべきである。
三 被告シェンカーの本案前の主張に対する原告の反論
被告シェンカーとウォーカーとの間の契約は、単なる委任契約ではなく、改正ワルソー条約の適用を受ける国際航空運送契約である。そして、同条約にいう「運送人」とは、実際に運送を行うかどうかにかかわらず、同条約の適用を受ける運送契約を締結した運送人(契約運送人)を指すものであるから、被告シェンカーのように運送を実行しない契約運送人も、同条約にいう「運送人」に含まれ、しかも、右契約における到達地(同条約二八条一項)は、日本であるから、原告の被告シェンカーに対する本件訴えについて、日本国の裁判所は、同条約二八条一項に基づいて、管轄権を有する。
四 請求原因に対する被告らの認否
(被告ケイ・エル・エム)
1 請求原因1の事実は知らない。
2 同2の事実は知らない。
3 同3の事実は認める。ただし、被告ケイ・エル・エムが被告シェンカーから運送を請け負った物品が、本件物品と同一であるかどうかは、知らない。
4 同4の事実のうち、被告ケイ・エル・エムが被告シェンカーから物品を受け取ったことは認めるが、その余は知らない。
5 同5の事実のうち、被告ケイ・エル・エムが被告シェンカーとの運送契約に基づく運送のうちミラノ・アムステルダム間を、航空運送に代えて、オランダの運送会社から傭ったトラックによって陸上運送することとし、昭和五四年一月一九日、右トラックによる運送中、ミラノ市内において、運送品が行方不明となったことは認めるが、その余は知らない。
6 同6の事実は知らない。
7 同7の事実は知らない。
(被告シェンカー)
1 請求原因1の事実は知らない。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実は認める。
5 同5の事実のうち、本件物品が全部窃取されたことは認めるが、その余は否認する。
6 同6の事実は知らない。
7 同7の事実は知らない。
五 被告ケイ・エル・エムの主張
(債務不履行責任について)
1 被告ケイ・エル・エムと垣内商事との間には、運送契約の当事者関係がないことについて
被告ケイ・エル・エムは、請求原因3で原告が主張するとおり、被告シェンカーを荷送人とし、日本通運を荷受人とする国際航空運送契約を、被告シェンカーとの間で締結したのであって、垣内商事を荷受人とする契約を締結したことはないから、垣内商事に対する関係においては、被告ケイ・エル・エムは、改正ワルソー条約にいう「運送人」にあたらない。
したがって、被告ケイ・エル・エムは、改正ワルソー条約に定められている運送人の責任を、垣内商事に対して負うものではない。
2 荷受人が権利を取得しないことについて
仮に、垣内商事が被告ケイ・エル・エムに対する関係でも荷受人にあたり、したがって、垣内商事に対する関係で、被告ケイ・エル・エムが改正ワルソー条約にいう「運送人」にあたるとしても、本件物品は、到達地に到達していないから、同条約一三条によって、垣内商事は、運送人に対して、運送契約から生じる権利を行使することはできない。
したがって、垣内商事は、被告ケイ・エル・エムに対して損害賠償請求権を行使することができないから、原告が右請求権を保険代位によって行使することもできない。
3 陸上運送中の損害についての責任の消滅時効の抗弁
改正ワルソー条約一八条によれば、同条約に定める運送人の責任は、航空運送中に生じた損害についてのみ発生し、飛行場外で行う陸上運送中に生じた損害については発生しないところ、本件盗難事故は、ミラノ市内の飛行場外における陸上運送中に発生したものであるから、被告ケイ・エル・エムは、同条約に定める運送人の責任を負わない。
そして、右陸上運送中に生じた損害についての被告ケイ・エル・エムの運送契約に基づく損害賠償責任についての準拠法は、右運送契約の締結された地であるイタリア共和国の法律とされるべきであるから、イタリア共和国民法二九五一条により、被告ケイ・エル・エムの運送人としての責任は、本件盗難事故の日である昭和五四年一月一九日から一八か月を経過したことによって、時効により消滅した。
(不法行為責任について)
4 使用者責任の不存在
(一) 法例一一条一項は、不法行為によって生じる債権の成立および効力について、その原因となる事実の発生した地の法律を準拠法としている。
そして、本件盗難事故の発生した地は、イタリア共和国内であるから、垣内商事の被告ケイ・エル・エムに対する不法行為による損害賠償請求権の発生についての準拠法は、イタリア共和国の法律となる。
(二) そして、被告ケイ・エル・エムは、ミラノ・アムステルダム間の陸上運送について、オール・サービスを通じて、ブーンストラ・インターナショナル・トランスポート(以下「ブーンストラ」という。)に対して、本件物品の運送を委託し、ブーンストラの従業員がトラックを運転して右陸上運送を行っていた際に、本件盗難事故が発生したものである。
(三) ところで、イタリア共和国民法二〇四九条は、主人および雇い主は、その僕婢および雇い人が、使用される任務の遂行に当たって行った不法行為によって惹起された損害について賠償の責任を負うことを定めているが、同条の解釈上、主人または雇い主は、その指示または命令に従ってのみ行動し、自主的な判断を許さない僕婢または雇い人の不法行為についてのみ責任を負うとされているから、独立の契約者であるブーンストラまたはその従業員は、このような意味で、被告ケイ・エル・エムの僕婢または雇い人とはいえない。
したがって、仮に、右トラックの運転手であるブーンストラの従業員に過失があったとしても、被告ケイ・エル・エムは、イタリア共和国の法律上、垣内商事に対して不法行為による損害賠償責任を負わないから、原告が垣内商事の損害賠償請求権を代位取得することはない。
六 被告シェンカーの本案に関する主張
1 運送契約の不存在
被告シェンカーがウォーカーとの間で締結した契約は、被告シェンカーの本案前の主張1記載のとおりの委任契約であるから、被告シェンカーの右契約上の義務は、被告ケイ・エル・エムとの間で運送契約を締結して、同被告に本件物品を引き渡すことに尽き、その後、被告ケイ・エル・エムによる運送中に本件物品が滅失したとしても、そのことについて、被告シェンカーは、なんら債務不履行責任を負うものではない。
2 下請運送中の損害についての責任の不存在
仮に、被告シェンカーとウォーカーとの間の契約が運送契約であったとしても、被告ケイ・エル・エムによる下請運送中に生じた損害について、被告シェンカーが責任を負うものではない。
3 運送を実行しない契約運送人の責任の消滅時効の抗弁
仮に、被告シェンカーが、下請運送中に生じた損害について責任を負うとしても、被告シェンカーの本案前の主張2記載のとおり、改正ワルソー条約にいう「運送人」には、被告シェンカーのような運送を実行しない契約運送人は含まれないから、被告シェンカーは、同条約に定める運送人の責任を負わず、したがって、同条約二九条に定める運送人の責任に関する訴えの時効(期間二年)の規定も、被告シェンカーについては適用されない。
そして、被告シェンカーとウォーカーとの間の契約は、イタリアで締結され、出発空港もイタリアであり、支払通貨としてリラが選択されているから、契約当事者の意思は、右契約の成立および効力についての準拠法を、イタリア共和国の法律としていると解すべきであり、また、そうでないとしても契約締結地である同国の法律が準拠法となると解すべきである。
したがって、被告シェンカーの右運送契約上の責任はイタリア共和国民法二九五一条により、本件盗難事故の日である昭和五四年一月一九日または本件物品が到達地に到達すべきであった日(遅くとも同月末日までには到達するはずであったことは明らかである。)から、一八か月を経過したことによって、時効により消滅した。
4 陸上運送中の損害についての責任の消滅時効の抗弁
仮に、改正ワルソー条約にいう「運送人」には、運送を実行しない契約運送人が含まれ、したがって、被告シェンカーが、同条約にいう「運送人」にあたるとしても、本件盗難事故は、陸上運送中に発生したものであるから、被告シェンカーは、同条約一八条により、同条約に定める運送人の責任を負わない。
そして、被告シェンカーが、ウォーカーとの間の運送契約に基づいて、なんらかの責任を負うとしても、この責任に関する準拠法は、前項で述べたとおり、イタリア共和国の法律であるから、前記のとおり、昭和五四年一月一九日または同月末日から一八か月を経過したことによって、右運送契約上の責任は、時効により消滅した。
5 責任制限の抗弁
仮に、被告シェンカーが、原告に対して損害賠償責任を負うとしても、右責任は、改正ワルソー条約二二条により、貨物一キログラムについて二五〇フランに制限されるべきである。
七 被告らの主張に対する原告の反論および再抗弁
1 被告ケイ・エル・エムの主張に対する反論
(一) 被告ケイ・エル・エムの主張1に対して
改正ワルソー条約にいう「運送人」には、同条約の適用を受ける運送契約を締結した者(契約運送人)ばかりでなく、右契約に基づいて実際に運送を行う者(実行運送人)も含まれるから、被告ケイ・エル・エムは、垣内商事に対する関係においても同条約にいう「運送人」にあたり、したがって、同条約に定める運送人の責任を垣内商事に対しても負うべきである。
仮にそうではなく、また、被告ケイ・エル・エムと被告シェンカーとの間の契約に関する航空運送状において、垣内商事が荷受人として表示されていないとしても、右契約における実質的な荷送人はウォーカーであり、実質的な荷受人は垣内商事であって、被告ケイ・エル・エムは、このことを知ったうえで、被告シェンカーとの間で運送契約を締結したのであるから、垣内商事は、被告ケイ・エル・エムに対して、荷受人としての権利を行使することができると解すべきである。
(二) 同2に対して
本件物品が到達地に到達していないとしても、改正ワルソー条約一三条三項によれば、運送人が貨物の滅失を認めたとき、または、貨物が到達すべき日の後七日の期間が経過しても到達しなかったときは、荷受人は、運送人に対し、運送契約から生じる権利を行使することができる。
そして、本件において、被告ケイ・エル・エムは、本件物品が行方不明となる事故があったことを認めており、また、本件物品は、到達すべき日の後数年を経過しても到達していないのであるから、垣内商事は、被告ケイ・エル・エムに対し、荷受人としての権利を行使することができる。
(三) 同3に対して
改正ワルソー条約一八条三項には、「航空運送の期間には、飛行場外で行う陸上運送、海上運送または河川運送の期間を含まない。」と規定されているが、この規定は、当事者間の約定により、契約当初から予定された陸上運送等の期間は含まれないとの趣旨に解すべきである。すなわち、この規定は、航空運送人が、航空運送を引き受けると同時に、これら他の手段による運送行為をも明示して引き受けた場合を規定したものであって、契約に違反して、航空運送人が無断で陸上運送等に変更した場合においては、同条項の適用上、右陸上運送等の期間も航空運送中に含まれると解すべきである。
なぜなら、そのように解さなければ、運送人が改正ワルソー条約に定める責任を負うことについての荷受人の信頼が一方的に裏切られることになるうえ、同条約二三条が免責約款の禁止を規定している趣旨にも反する結果となって、明らかに不合理だからである。
そして、このような解釈は、同条約一八条二項が、契約上予定されていない飛行場外への不時着の場合には、場所のいかんを問わず、貨物が運送人の管理の下にある期間を、航空運送中に含めていることによっても根拠づけられるものである。
(四) 同4に対して
(1) 不法行為の準拠法について
不法行為の制度は、行為者の故意または過失に基づく行動を抑止するという一面を持つとともに、発生した損害を賠償することをさらに重要な目的とするものである。特に、企業活動が今日の社会生活において惹起する不法行為については、行為者の故意・過失よりも損害の填補に主眼が置かれるべきであり、その意味で、本件のように企業活動の一環として発生した不法行為の準拠法としては、被害者に損害の発生した地、すなわち日本国の法律が適用されるべきである。
(2) 使用者責任の成立について
日本国民法七一五条およびイタリア共和国民法二〇四九条は、他人に使用される者が不法行為をした場合に、その使用者は、被害者に対して損害賠償の責を負わなければならない旨の規定であり、その根拠は、他人を使用して事業を営む者は、これによって自己の活動範囲を拡張してそれだけ多くの利益を収めるのであるから、被用者がその事業の執行ないし使用される任務の遂行に当たり、他人に損害を加えたときは、公平の観念からみて、使用者がその損害を賠償すべきであるというところにある。
したがって、使用者責任発生の要件の一つである使用関係としては、使用者と被用者との間に実質的に指揮監督の関係があることをもって足り、継続的な雇用関係の存在は要しないのである。
本件において、被告ケイ・エル・エムは、被告シェンカーから引き受けた本件貨物の航空運送に代えて、ミラノ・アムステルダム間の陸上運送を実行するための手足として、自ら運転手付のトラックを傭ったのであるから、この運転手に対して指揮監督権が及ぶのは当然のことである。
したがって、被告ケイ・エル・エムは、日本国の法律が準拠法となる場合はもとより、イタリア共和国の法律が準拠法となる場合においても、使用者責任を負うべきである。
2 被告シェンカーの本案に関する主張に対する反論および再抗弁
(一) 被告シェンカーの本案に関する主張1ないし3に対して
被告シェンカーとウォーカーとの間の契約は、単なる委任契約ではなく、改正ワルソー条約の適用を受ける国際航空運送契約である。そして、被告シェンカーが実際の運送を行わないとしても、同条約にいう「運送人」には、このような運送を実行しない契約運送人も含まれる。さらに、同条約二〇条一項によれば、運送人は、運送人およびその使用人が損害を防止するため必要なすべての措置を執ったことまたはその措置を執ることができなかったことを証明しなければ、同条約上の責任を免れないのであり、同条項にいう「使用人」とは、運送人の被用者であるかどうかを問わず、その運送契約の履行に従事している者をすべて含むものと解すべきである。
したがって、被告ケイ・エル・エムによる下請運送中に発生した損害についても、被告シェンカーは、改正ワルソー条約に定める運送人の責任を免れることはできない。
そして、同条約に定める運送人の責任に関する訴えについては、同条約二九条により、航空機が到達すべき日であった日(本件においては、これが、本件盗難事故のあった昭和五四年一月一九日より後であることは明らかである。)から起算して二年の期間内に訴えを提起すべきものとされているところ、原告は、右期間内である昭和五六年一月一九日に本訴を提起しているから、被告シェンカーの責任は、時効により消滅していない。
(二) 同4に対して
被告ケイ・エル・エムの主張に対する原告の反論(三)と同じ
(三) 責任制限の抗弁に対する再抗弁
本件盗難事故は、被告シェンカーの「使用人」(改正ワルソー条約二五条)であるトラック運転手が、運送を行う途中、高価な貨物を積載したトラックを無人のまま路上に放置しておくという、同人の重大な過失によって発生したものであるから、被告シェンカーは、同条約二五条により、責任制限を受けることができない。
八 責任制限についての再抗弁に対する被告シェンカーの反論
改正ワルソー条約二五条にいう「使用人」とは、運送人の直接の使用人のみを意味し、下請運送人を含まないから、トラック運転手に重大な過失があったとしても、被告シェンカーが責任制限を受けられることに変わりはない。
第三証拠《省略》
理由
一 被告シェンカーの本案前の主張について
1 《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 垣内商事は、輸出入貿易を営む会社であって、昭和五四年一月、ウォーカーから、その所有する本件物品を米貨八万四八一〇ドルで買い受けた。
(二) 同月、ウォーカーは、イタリア共和国ミラノ市において、被告シェンカーとの間で、次のような運送契約を締結した。
(1) 被告シェンカーは、本件物品を、イタリアのミラノ空港から新東京国際空港まで航空運送する。
(2) 荷受人は垣内商事とする。
(三) 同月、被告シェンカーは、ミラノ市において、被告ケイ・エル・エムとの間で、次のような運送契約を締結した。
(1) 被告ケイ・エル・エムは、本件物品を、イタリアのミラノ空港から、オランダのアムステルダム経由で、新東京国際空港まで航空運送する。
(2) 荷受人は日本通運とする。
(四) いずれも、同月、被告シェンカーは、(二)の運送契約に基づいてウォーカーから、被告ケイ・エル・エムは、(三)の運送契約に基づいて被告シェンカーから、それぞれ本件物品を受け取った。((三)、(四)の各事実については、原告と被告シェンカーとの間で争いがない。)
(五) 被告ケイ・エル・エムは、昭和五四年一月一九日、悪天候のため、ミラノ・アムステルダム間の航空便が運休となったため、本件物品を含め、同便で運送する予定であった貨物全部を、ミラノからアムステルダムまで陸上運送することとし、そのため、ブーンストラのイタリアにおける代理店であるオール・サービスを通じて、右ブーンストラから、トラック一台を運転手付で傭った。
(六) 本件物品は、同日午後三時から午後六時三〇分までの間に、そのトラックに積み込まれ、積込作業の後、右トラックは、封印および輸出通関作業のため、ミラノ市ロゴレドの税関に送られ、同日午後六時四五分、税関を出発した。
(七) 右トラックの運転手は、同日午後七時、ミラノ市ヴィア・メセナテにおいて、電話をするために停車してトラックから離れ、同七時五分にトラックの所に引き返した時には、右トラックが盗まれていた。(この事実は、各当事者間に争いがない。)
(八) 翌一月二〇日、右トラックは、ミラノ市から約五〇キロメートル離れたアルザゴダーダにおいて発見されたが、本件物品は、右トラックからなくなっており、その後においても本件物品は発見されていない。
以上の各事実を認めることができ、この認定を左右する証拠はない。
なお、被告シェンカーは、ウォーカーとの間で締結した契約は、ウォーカーが、被告シェンカーに対し、ウォーカーのための隠れたる代理人として、自己の名において運送人との間で運送契約を締結することを委託する委任契約である旨主張するが、前掲甲第二号証の一、二(被告シェンカーが作成し、ウォーカーに交付した航空運送状)に記載されている契約の内容および趣旨に照らすと、被告シェンカーとウォーカーとの間の契約が、(二)で認定したとおりの国際航空運送契約であることは明らかであって、右の被告シェンカー作成の航空運送状に、被告ケイ・エル・エム作成の航空運送状の番号がマスターウェイビルとして記載されており、契約当初から、被告シェンカーが、他の運送人を使用して実際の運送を行わせることが予定されていたからといって、ただちに、被告シェンカーとウォーカーとの間の契約が運送契約としての性質を失うものとは認められないから、被告シェンカーの右主張は理由がない。
2 そこで、右認定の事実を前提として、原告の被告シェンカーに対する本件訴えの裁判管轄について検討する。
まず、被告シェンカーは、ウォーカーとの間で、イタリア・日本間の国際航空運送契約を締結したのであるから、この契約については、改正ワルソー条約が適用される(同条約一条)。したがって、被告シェンカーは、同条約の適用を受ける国際航空運送契約を締結した運送人であるから、被告シェンカーとウォーカーとの間の国際航空運送契約に関する限り、同被告が、同条約にいう「運送人」にあたることはいうまでもなく、実際の航空運送については、被告シェンカーが被告ケイ・エル・エムとの間で別に結んだ国際航空運送契約に基づいて、被告ケイ・エル・エムが実行する予定であったとしても、これによって被告シェンカーが、同条約にいう「運送人」でなくなると解すべき理由は全くない。
したがって、被告シェンカーとウォーカーとの間の国際航空運送契約に基づいて発生する同被告の運送人としての責任に関する訴えについては、同条約二八条の裁判管轄についての規定を適用することができる。
そして、垣内商事は、右契約において合意された荷受人であり、原告の被告シェンカーに対する本件訴えは、この荷受人である垣内商事が、右契約に基づいて運送人である被告シェンカーに対して有する損害賠償請求権を、原告が保険代位によって取得したとして、運送人の国際航空運送契約に基づく責任を追及するものであるから、これについて、同条約二八条の適用があると解するのが相当である。
なお、右のような訴えについて、同条約二八条によって管轄の有無が決定されるということは、運送人の責任に関する同条約の実体的規定によって運送人が同条約に定める責任を負うかどうかとは、別個の問題であることはいうまでもない。
したがって、同条約二八条により、被告シェンカーとウォーカーとの間の国際航空運送契約において合意された到達地である日本国の裁判所は、原告の被告シェンカーに対する本件訴えについて、管轄権を有する。
よって、被告シェンカーの本案前の主張は、理由がない。
二 被告ケイ・エル・エムの債務不履行責任について
1 原告は、改正ワルソー条約にいう「運送人」とは、単に同条約の適用を受ける国際航空運送契約を締結した者(契約運送人)ばかりでなく、右契約に基づいて実際に運送を行う者(実行運送人)も含まれる旨主張する。
しかしながら、同条約一条二項は、その適用範囲を定めるについて、「当事者間の約定」を前提とし、同条約第二章は、運送人の責任制限について、運送人が航空運送状を荷送人に対して作成・交付することを要件としているなど、同条約は、その規定の仕方からみて、同条約の適用を受ける国際航空運送契約の当事者間の契約上の関係を規律することを目的としていることが明らかであり、したがって、その当事者間においてのみ適用されるものと解するのが相当である。
そして、本件においては、前記認定(理由一1(三))のとおり、被告ケイ・エル・エムは、被告シェンカーとの間で国際航空運送契約を締結したにすぎず、かつ、右契約において合意された荷受人は、日本通運であって、垣内商事ではないのであるから、被告ケイ・エル・エムは、垣内商事に対する関係においては、運送契約の当事者ではなく、したがって、改正ワルソー条約にいう「運送人」にもあたらない。
また、このことは、仮に、本件物品の実質的な荷受人が垣内商事であって、これを被告ケイ・エル・エムが知っていたとしても、そのことによってなんら左右されるものではないと解するのが相当である。
よって、原告の被告ケイ・エル・エムに対する債務不履行による損害賠償請求は、理由がない。
三 被告ケイ・エル・エムの不法行為責任について
1 準拠法について
先に説示したとおり、改正ワルソー条約は、運送契約の当事者間の契約上の関係について規律するものと解されるから、被告ケイ・エル・エムの不法行為責任に関しては、適用されないと解すべきである。
そうすると、前記認定(理由一1)のとおり、本件物品は、イタリア共和国ミラノ市で発生した本件盗難事故によって滅失しているのであるから、同地が、法例一一条一項にいう不法行為の原因となる事実の発生した地であると解するのが相当であり、したがって、被告ケイ・エル・エムの不法行為責任の成立および効力についての準拠法は、イタリア共和国の法律であると解すべきである。本件物品の所有者が、日本国内に本店を有する法人である垣内商事であり、したがって、同会社が損害を被ったとしても、右のような損害は、運送品が最終的に荷受人のもとに到達しなかったことによって初めて発生するものではなく、滅失した時点において発生し、確定するのであるから、損害の発生した地は、あくまで、本件物品の滅失したミラノ市であると解するのが相当であって、被害者たる法人の本拠の存在する地が損害の発生した地となると解することはできない。
2 イタリア法における使用者責任について
《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
イタリア共和国民法二〇四九条には、使用者責任について、「主人および雇い主は、その使用される任務の遂行に当たり、その僕婢および雇い人の不法行為によって惹起された損害につき責に任ずる。」と規定され、この規定の趣旨は、同国の判例により、次のとおり解されている。
(一) 使用者責任は、他の者のために職務に従事する者が、ある活動を他の者の計算で、その支配および裁量の下に行った事実に基づいて発生する。
(二) 使用者の特定の要求または指示に従う独立の契約者は、なお、彼の独立性と自主性を保持しているものである。使用人が、使用者の命令に盲目的に拘束される場合にのみ、使用者の責任が存在する可能性がある。
(三) 使用人の行為についての使用者の責任は、使用人が従属者として使用者に拘束され、使用者の指示権限および監督に拘束される場合にのみ存在する。
(四) 使用者責任の法的性質および根拠は、単なる雇用関係にではなく、使用人が使用者の計算および支配の下で行為を行わなければならなくなる従属者(使用人)の他の者(使用者)に対する事実的従属関係に存する。
以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。そこで、前記認定(理由一1)の事実関係の下で、右イタリア法における使用者責任が成立するかどうかを検討する。
本件の事実関係は、被告ケイ・エル・エムが、ブーンストラから、運転手付のトラック一台を傭って本件物品を含む貨物の運送を委託し、ブーンストラの従業員であるトラック運転手が、右運送を行った際、本件盗難事故が発生したというものである。そうすると、なるほど、運転手付のトラックを傭ったことからすれば、被告ケイ・エル・エムは、ブーンストラおよびその従業員であるトラック運転手に対し、ある程度、要求または指示を行うことのできる立場にあったことを推認することはできるけれども、他方で、ブーンストラが、自己の業務として、その責任と計算において、被告ケイ・エル・エムから運送を引き受けた可能性も十分うかがわれるのみならず、被告ケイ・エル・エムが、ブーンストラのトラックを傭ったのは、悪天候のため航空便が運休になったという偶発的な事情によるものであることなども考慮すると、運転手付でトラックを傭ったということなど、証拠上認められる本件の事実関係からは、いまだ、ブーンストラおよびその従業員であるトラック運転手が、被告ケイ・エル・エムに対する独立性と自主性を失い、同被告の指示権限および監督に拘束されるほどの従属的立場にあったとまでは認めることができないから、右運転手に過失があったとしても、その不法行為について、被告ケイ・エル・エムに対し、イタリア共和国民法二〇四九条に定める使用者責任の成立を認めることはできない。
3 以上のとおりであるから、被告ケイ・エル・エムは、垣内商事に対して不法行為責任を負わない。
よって、原告の被告ケイ・エル・エムに対する不法行為による損害賠償請求も理由がない。
四 被告シェンカーの責任について
1 陸上運送中の損害についての改正ワルソー条約の適用の有無について
前記認定(理由一1)の事実によれば、本件物品の滅失の原因が、飛行場外における陸上運送中に発生した本件盗難事故にあることは、明らかである。そこで、このような陸上運送中に発生した損害について、運送人が改正ワルソー条約に定める運送人の責任を負うかどうかについて検討する。
同条約一八条は、運送人は貨物の滅失の場合における損害については、その原因となった事故が航空運送中に生じたものであるときは責任を負うとし、航空運送の期間には、飛行場外で行う陸上運送等の期間を含まないと規定している。そして、航空運送に固有の危険を考慮し、これによって発生した損害について、過失の推定などの制度によって荷主の利益を保護する一方で、責任制限の制度によって、これと運送人の利益の保護との調和をはかろうとする同条約の制定趣旨にかんがみると、右規定の趣旨は、航空運送に固有の危険によって発生した損害についての運送人の責任についてのみ、同条約の責任についての規定を適用しようとするものであると解するのが相当である。
ところで、前記認定(理由一1)の事実に、《証拠省略》を総合すれば、被告シェンカーは、ウォーカーとの間で、ミラノ空港から新東京国際空港までの国際航空運送契約を締結し、右契約を履行するために、被告ケイ・エル・エムとの間で、ミラノ空港から、アムステルダム経由で新東京国際空港までの国際航空運送契約を締結したこと、被告シェンカーとウォーカーとの間の契約においては、被告シェンカーが、代わりの運送人を使用し、または、荷送人に対する通知なしに荷送人の正当な利益を考慮したうえで、他の運送手段に代えることができる旨合意されていたこと、被告ケイ・エル・エムは、悪天候のため、ミラノ・アムステルダム間の航空便が運休となったため、やむを得ず、同区間をトラックによる陸上運送に代えることとし、右陸上運送中に、本件盗難事故が発生して、本件物品が滅失したことを認めることができる。
右事実によれば被告シェンカーから運送の実行を委ねられた被告ケイ・エル・エムが、ミラノ、アムステルダム間を陸上運送に代えたことは、ウォーカーとの関係においては、被告シェンカーが、同被告とウォーカーとの間の契約における合意に基づき、荷送人の正当な利益を考慮したうえで、運送手段を代えたことと同視することができる。そして、このように、運送人が、荷送人との間での事前の合意に基づき、荷送人の正当な利益を考慮したうえで他の運送手段に代えた結果として行われた飛行場外における他の運送手段による運送の期間は、先に説示した改正ワルソー条約一八条の規定の趣旨にかんがみると、同条にいう「航空運送中」に含まれないと解するのが相当である。
なお、原告は、同条約一八条の適用にあたっては、同条三項にいう航空運送の期間に含まれない飛行場外における陸上運送等の期間について、当事者間の契約において当初から予定された陸上運送等の期間のみに限定して解釈すべきであると主張するけれども、先に説示した同条約の制定趣旨に照らしても、なんらそのように限定して解釈しなければならない根拠が見当たらないうえ、同条約一八条三項但書によって、航空運送中の損害であることが推定され、証明責任が転換されていることによって、十分に荷主の保護は、はかられているから、原告の主張するように、飛行場外での陸上運送等の期間を限定して解すべき理由はない。
しかも、本件においては、荷送人は、契約の当初から、他の運送手段に代えて運送が行われる可能性を予期することができる立場にあったのであるから、なおさら、前記のように解しても、運送契約当事者の期待を害することにはならないというべきである。
また、同条約一八条二項は、なるほど、航空運送中とは、飛行場外に着陸した場合には、場所のいかんを問わず運送人の管理の下にある期間をいうと規定しているけれども、この規定は、航空機が飛行場外に不時着陸した場合には、その後の危険も、航空運送に固有の危険のいわば延長として、これと同視することができることを根拠として、そのような不時着陸の後に損害が生じた場合でも、荷送人は、どこでどのようにして、その損害が発生したかを証明することが困難であるため、この証明の困難による不利益を荷送人から除こうとする趣旨にすぎないと解されるから、これを、事前の包括的な承認の下に運送手段を代えた本件の場合について、適用ないし類推適用することはできない。
そして、このように解することが、改正ワルソー条約二三条の免責約款の禁止の趣旨に反しないことは、先に説示した同条約の制定趣旨に照らして明らかである。
したがって、被告シェンカーは、本件盗難事故によって生じた損害について、同条約に定める運送人の責任を負わないから、同被告の責任に関する訴えについて、同条約二九条の時効の規定は適用されない。
2 準拠法と消滅時効について
前述のとおり、被告シェンカーは、陸上運送中の損害について、改正ワルソー条約に定める運送人の責任を負わないけれども、このように、同条約一八条の規定によって、運送人が同条約に定める責任を負わない場合にあっても、運送人は、その運送契約の準拠法の定めるところに従って、運送人としての責任を負うと解されるから、右損害についての同被告の運送人としての責任について、その準拠法が問題となる。
そして、前記認定(理由一1(二))のとおり、被告シェンカーは、ウォーカーとの間の運送契約をイタリアのミラノ市で締結しており、本件は、右契約に基づく運送人の債務不履行責任を追及するものであるところ、準拠法について、全証拠によっても、契約当事者の意思が明らかでないから、法例七条二項により、右契約に基づく責任については、契約締結地であるイタリア共和国の法律が準拠法となると解すべきである。
そして、契約に基づく責任の消滅時効についての準拠法も、その契約の成立および効力についての準拠法(法例七条)と同一であると解すべきであるから、被告シェンカーの責任の消滅時効についても、イタリア共和国の法律が準拠法となると解すべきである。
ところで、《証拠省略》によれば、イタリア共和国民法二九四六条、二九五一条は、運送契約から生じた諸権利は、一年で時効により消滅するとし、この時効は、運送がヨーロッパ外で始まりまたは終わる場合には一八か月の経過をもって完成するとし、さらに、この期間は、人の目的地への到達の日、または、災害の場合には、その日から、あるいは、目的の場所で物の引渡しがなされ、または、なされるはずであった日から進行する旨規定していることが認められる。
そして、本件盗難事故が昭和五四年一月一九日に発生したことは、先に認定したとおりであるから、遅くとも、同月末日までには、目的の場所である新東京国際空港で本件物品の引渡しがなされるはずであったと推認され、本件訴えが提起された日が、それから一八か月を経過した後である昭和五六年一月一九日であることは、記録上明らかであるから(《証拠省略》によれば、イタリア共和国民法二九四三条は、時効の中断事由を訴訟の開始される行為の通知としていることが認められるが、本訴の提起が被告シェンカーに通知された日が本訴提起のさらに後である昭和五八年四月ころであることは、弁論の全趣旨から認められる。)、被告シェンカーの運送契約に基づく責任は、時効により消滅したといわなければならない。
したがって、原告の被告シェンカーに対する債務不履行による損害賠償請求は、理由がない。
五 結論
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 小林久起 裁判官鈴木健太は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 野田宏)